グローブをはめた拳で打ち合い、勝敗を決めるボクシング。オリンピックで採用されているボクシングは、プロボクシングとは異なり、3分3ラウンドと短時間の闘いとなります。通称アマチュアボクシングと呼ばれるこの競技で、東京2020オリンピック競技大会に続き、パリ2024オリンピック競技大会への出場が内定した岡澤セオンさんに、競技の魅力とともに、オリンピックへの思いを語っていただきました。
小学1年から、中学3年までの9年間はレスリングにのめり込んでいたという岡澤セオンさん。ボクシングを始めたきっかけはどんなことだったのでしょう。
「入学した高校にレスリングを続ける環境がなく、部活はラグビー部か陸上部に入ろうかなと考えていました。そうしたら入学式当日に、強面の先輩に『ボクシング部に入れ』と声をかけられて。怖くて怖くて、首を縦に振るしかありませんでした(笑)」
入部を決めたものの、ボクシングに対して良い印象はもっていなかったそう。
「正直、拳で相手と打ち合うなんて、野蛮なイメージしかありませんでした。それこそ、試合で勝つには思い切り相手をぶん殴ればいいのかと思っていたくらい。でも、練習中に監督の口から出るのは『頭でよく考えろ』という言葉ばかり。パンチの出し方、防御の仕方、間合いの取り方など、全てにおいて緻密で知的な駆け引きがあることが分かり、そんなに甘いものではないことを悟りました。」
ボクシングの魅力や難しさ、醍醐味はどんなところにあるのでしょうか。
「ボクシングのいちばんの魅力は、勝ち方が一つじゃないところ。フットワークが速いやつが勝つわけじゃないし、パンチが強いやつが勝つわけじゃない。ガンガン前へと攻めて倒しにいく勝ち方もあれば、僕のように足を使ってパンチをもらわないことで勝つ選手もいる。いろんなスタイルがあっていろんな勝ち方があり、自分らしい戦い方を探し、見つけ、極めるところが難しくもあり、それこそが競技者としての醍醐味だと思います。」
ボクシングをする上で、怖さはないのでしょうか。
「もちろん、ありますよ。僕自身、ビビりな性格ですからね(笑)。ボクシングをやって思ったのは、人間って怖さを感じた時にこそ、自分の本性が出る。僕の場合は、ビビりの調子こき。それが足を使ってパンチをもらわずに勝ちにつなげるというスタイルになっているのだと思います。ボクシング=パンチの打ち合いと思っている方も多いかと思いますが、自分の戦い方をより魅力的に見せることも実は大切なんです。フィギュアスケートって、技術点と演技構成点の両方でジャッジがありますよね。同じようにボクシングも審判による判定があり、戦術、つまり戦い方もジャッジの対象になります。アマチュアボクシングのグローブはKOが生まれにくいということもあり、試合では、対戦相手を前に、技術やタフさに加え、戦術といった自分の戦い方を審判や観客にアピールする必要が出てきます。」
アマチュアボクシングをより楽しめる観戦のポイントを教えてください。
「通常のプロボクシングが3分12ラウンドで行われるのに対し、オリンピックなどで行われるボクシングは3分3ラウンドと短時間での戦いとなります。それ故に、ステップの速さ、パンチの多さといった、速い展開での攻防といったスピード感が見どころになります。また、アマチュアボクシングでは有効なパンチの数が勝敗に関わります。観戦しながら、有効だと思うパンチを数えてみると、今はどっちが優勢だとか、シーソーゲームだとかが分かり、得点競技としても試合を楽しむことができます。」
東京2020大会では、ウェルター級に出場されました。ご自身にとってはどんな大会でしたか?
「自分自身、メダルを取れると信じていたし、周りにも期待されていただけに、2回戦で敗退という結果はとても悔しくて。多くの期待を裏切ったという思いが今も残っています。僕は毎日強い自分をつくろうと、練習を重ねてきたし、間違いなく強い自分でもあった。そこに偽りはありません。ただ、そんな自分よりも、もっと強い気持ちでオリンピックに臨んでいた選手がいたということ。4年に1度、わずか2週間という期間に自分のピークを合わせられるかどうかなんですよね。不本意な結果だったからこそ、調整力という自分の克服すべき課題を見つけられたことはある意味、大きかったです。」
その東京2020大会から約3カ月後に開催された2021年AIBA男子世界選手権大会で日本人初の金メダルを獲得されます。やはり感慨深いものがあったのではないでしょうか。
「皆さんに、応援してきてよかったと思ってもらうためにも、絶対に金を取らなければという思いで挑んだ大会でした。それだけにホッとしたところもありますが、一方で東京2020大会で負けた悔しさがまたよみがえるんですよね。たとえパリ2024大会で金メダルを取ったとしても、あの時の悔しさは忘れないだろうし、忘れてはならないと思っています。」
東京 2020大会で悔しさを経験し、満を持して臨むパリ2024大会も間近に迫っています。
「今はやることをしっかりとやるだけ。階級がライトミドル級に上がりましたが、不安はまったくありません。特に気負ってもいないし、これをやれば絶対に金を取れると思えば、キツイ練習にも身が入ります。」
前大会から3年。ご自身としてはどんなところに成長を感じているのでしょう。
「東京2020大会の時の方が気持ちとしての勢いがあったと思います。逆に今は、地に足が着き、自分の勝ち方をしっかりと把握し、こうやったら金メダルを取れるというイメージが自分の中ではっきりしている。不安はないし、緊張よりはワクワクの方が大きいですね。たぶん、自分史上、最高に強い自分がここにいる。それに加えて、大学を卒業後、鹿児島県を拠点にしてからずっと支えてくれたジムの荒竹俊也会長をはじめ、スポンサーの皆さんなど、多くの方が自分を応援してくれているという心強さもあります。その人たちの思いに報いるためにも、そして、アマチュアボクシング界にもっと光が当たるためにも、僕にはオリンピックで金メダルを取る理由がある。必ず、頂点に立ち、金色に輝くメダルを皆さんに披露したいと思っています。」
パリ2024大会での活躍に期待が懸かる岡澤さんが大学時代を過ごしたのが東京。東京でおすすめの観光スポットをぜひ教えてください。
「格闘技の聖地ともいわれる後楽園ホールで、ボクシングの試合を観戦してほしいです。後楽園ホールのある東京ドームシティでは、他にも東京ドームで野球観戦をしたり、ボウリングや卓球、屋内ローラースケートなどスポーツを楽しむ施設がたくさんあります。スポーツの後は温泉やサウナで疲れを癒やし、さまざまなジャンルのグルメを堪能できます。一日いても飽きないスポットなのでぜひ足を運んでみてください。」
岡澤セオン
OKAZAWA Sewon
1995年、山形県出身。日本大学山形高等学校時代からボクシングを始め、3年時に県高校総体ライト級で優勝、インターハイで5位入賞。中央大学4年次に国民体育大会準優勝。卒業後、鹿児島県鹿屋市に拠点を移す。2019年ASBCアジア選手権ウェルター級で銀メダルを獲得。東京2020オリンピック競技大会ウェルター級出場。 2021年にはAIBA男子世界選手権大会で日本人初の金メダルを獲得。2023年に開催された杭州アジア競技大会で決勝に進出し、パリ2024オリンピック競技大会ライトミドル級代表に内定。