1977年に四肢麻痺者等の選手たちによって考案された競技で、ラグビー、バスケットボール、バレーボール、アイスホッケー等の要素を組み合わせたオリジナルの競技である車いすラグビー。
車いす同士のぶつかり合いが許された唯一のパラリンピック競技でもあります。今回、話を伺うのは車いすラグビーの日本代表として活躍する壁谷知茂さん。歯科医師免許を持ち「車いすの歯医者さん」としても知られています。そんな壁谷さんに、車いすラグビーの魅力や東京の楽しみ方について教えて頂きました。
壁谷さんの運命を大きく変えたのが2012年11月、医療ボランティアで訪れていたカンボジアでの事故。歯科医として一歩を踏み出した矢先の出来事だったそう。
「その年の3月に歯科医師免許を取得し、世の中の役に立ちたいと向かった先での出来事でした。事故に遭ったカンボジアで1か月間入院をし、日本に帰国してからも度重なる手術とリハビリで、病院を出るまでに1年ほどかかりました。身体の自由を突然奪われたことで絶望感にさいなまれたこともありましたが、その一方で、自分の生きるステージがガラリと変わったんだと冷静に捉えている自分もいました。」
車いすラグビーを始めたのにはどんなきっかけがあったのでしょうか。
「リハビリの一貫としてスポーツをするなかで、車いすラグビーという競技を知りました。もともと団体競技が好きで、幼少期からバスケをしていました。けれど、両手の握力が無くなってしまった僕にとって車いすバスケは無理。そこで、バスケに近い団体競技で、自分の障がいにあったスポーツとしてすすめられたのが車いすラグビーです。“やりたいこと”ではなく、身体の状況に合わせて“やれること”を選ぶ。それがパラスポーツの選び方のひとつということも、このときはじめて知りました。」
車いすラグビーは、車いす同士の激しいぶつかり合いが特徴でもあります。見るのとやるのとでは、激しさの印象も相当違うのではないでしょうか。
「身体の80%が動かないのに、20㎏もの車いすを自分で操り、さらに相手の車いすが激しくぶつかってくる。最初の頃は体力的にも精神的にもつらくて。楽しさや面白さを見つけるまで、2年くらいかかりました。」
それでも辞めなかったのには、つらさ以上に得るものがあったからなのでしょう。
「競技を通して知り合った方たちに魅了されたというところも大きかったです。同じような境遇で車いすラグビーをはじめて、大会に出場して頑張っている友人の姿に『自分も負けられない!』と奮起させられました。さらに、会場まで自分で車を運転してきたり、素敵なパートナーやお子さんを試合に招くなど、皆さん、健常者と変わらない生活をしていることに最初は驚きました。当時、僕は大学院で勉強しながらリハビリを続けている身。そうしたなかで、仕事できちんと生計を立てて家族を養いつつ、アスリートとして活躍している方たちの姿が輝いて見え、自分の未来を見せてもらっている気持ちにもなりました。」
壁谷さんから見た車いすラグビーの魅力について教えてください。
「車いす同士の激しいぶつかりあいとプレーヤーの熱い気持ちのぶつかりあいによる、息もつけないほどの接戦。これが車いすラグビーの醍醐味だと思います。試合中は攻守がめまぐるしく入れ替わり、得点の取り合いが繰り広げられる。ミスが命取りとなるため、観ているほうはハラハラドキドキ。一瞬たりとも目が離せなくなります。」
プレーする選手にとってはかなりハードですよね。
「機敏に車いすを操りながら、激しくタックルするなど、技術とフィジカルがものをいう競技ですからね。その一方で技術の持ち味を生かしながら頭を使った戦略で試合を組み立てていく面白さも味わえる。試合の前には相手チームの特徴を頭にインプットし、いざ試合となったときにどれだけアウトプットしていくかが自分の中での課題になっています。フィジカル的にはもちろんのこと、メンタル的なタフさも求められる競技。だからこそ、奥が深くて競技する側も観る側も楽しめるのだと思います。」
これまでに出場した大会で特に印象に残っている出来事を教えてください。
「2018年にアメリカのチームでプレーしていたときに、カナダチームで活躍するマイク・ホワイトヘッド選手と一緒に練習する機会に恵まれたんです。そのとき、彼に『いつかキミと国際試合で戦えたらいいな』と言ってもらえたことが嬉しくて。昨年6月に開催されたカナダカップでそれが実現!しかも決勝で僕はスターティングメンバーに選ばれ、相手のカナダチームにはマイクの姿が。試合は延長戦にもつれ込む接戦。そして見事、日本が勝利を収めたのです。憧れのスター選手と同じコートで戦い、日本代表が優勝し、世界ランキング1位に。幸せを感じた一戦でした。」
東京 2020 パラリンピック競技大会で銅メダルを獲得した日本代表。さらなる期待がかかる2024年のパリ大会予選となる「2023 ワールド車いすラグビー アジア・オセアニア チャンピオンシップ」が6月末から開催されます。
「アジア・オセアニア地区から唯一の出場枠“1”が決まる重要な大会ですから、僕たちも気合が入っています。目標はなんといっても、世界選手権チャンピオンの強豪オーストラリアに勝利すること。日本チームは成熟した完成度の高い組織力が持ち味。そのなかで自分としては、感情的にならず冷静にプレーすることを心掛け確実に得点を重ねていきたいと考えています。ぜひ、ご期待ください。」
運命をかけたパラリンピック予選の舞台となるのが東京です。東京の都市としての魅力もぜひ教えてください。
「都市でありながら自然が多く、同じ場所でも春・夏・秋・冬と季節によって咲く花も木々の様子も街の雰囲気もガラリと変わるのがいいですよね。食事でいえば、ラーメンは日本人、外国人問わず、評判が高い。10ドルほどの料金で食べられる料理としてはかなりのクオリティで、しかもお店によってさまざまな味を楽しめます。スポーツ観戦の合間にぜひ召し上がってみてください。」
<プロフィール>
壁谷知茂
KABETANI Tomoshige
AIGジャパンホールディングス株式会社所属
1987年、奈良県出身。歯科医師免許を取得後、医療ボランティアとして訪れていたカンボジアで事故に遭い脊髄を損傷。車いす生活となる。リハビリのために入院していた病院で車いすラグビーのことを知り、競技を始める。2018年車いすラグビー日本選手権ベストプレイヤーに選出。2019年車いすラグビー日本選手権にて優勝。現在は、沖縄県に拠点を置きながら、車いすラグビー日本代表候補としてパラリンピック出場を目指している。